「有効」だけど「意味のない遺言書」の実例
目次
前書き
数多ある「遺言の書き方」を掲載したwebページでは、遺言が「無効にならない」方法や簡単な文例を知ることができます。
ただ、これらは有益な情報であるとともに、税の話や遺言書のテクニカルな部分にもう少し踏み込んだ内容を知りたい方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか?
私が書く相続のコラムでは、実務や実体験での経験をもとに、より踏み込んだ内容をお届けしたいと思います。
このページでは、私の実体験をもとに、単に有効な遺言書には何の意味もないこと、きちんと死後の相続手続きに「効果」のある遺言書を書く必要があること、続くコラムではその対策方法を解説いたします。
「意味のない遺言書」とは?
さて、「有効な遺言書」なのに「意味のない遺言書」とは、どういうことでしょうか?
ざっくりと言えば、「遺言書自体は有効だけど、調査不足でいろんな問題が発生する」ということです。
具体的な事例として、これから述べる私の実体験をもとに、理解を深めていただければと思います。
これは私が20代前半の頃、私の祖父の相続の話です。
私の母親は祖父が亡くなるより前に、すでに亡くなっておりましたので、その母親の代襲相続人として相続に関わることとなりました。
相続人は祖母、叔母、兄、私の四人で、祖父は愛する家族のことを案じて遺言書を残していました。
内容はこうです、「預貯金等の諸財産は妻(私にとっての祖母)に相続させる。不動産は孫(私)に譲る。遺言執行者は孫(私)を指定する」。
全文が自筆で書かれたまさに「有効な遺言書」がございました。
遺産分割の対象とされない兄や叔母については、遺留分につき争いとなる余地がありますが、まあそれは祖父の意志ですからいいでしょう。
とにかくこの遺言内容によって、私は遺言執行者として相続手続きを進めることとなります。
相続税の基礎控除以下の財産しかありませんでしたので、遺言執行者とは言っても、各預貯金の清算と、不動産(自宅のみ)の登記くらいという一見簡単な内容でした。
早速私は相続の手続きを進めるため、各種調査を進めます。
そんな簡単そうな相続でしたが、蓋を開けてみるとどうでしょうか。
ボロボロと問題が出てきます。
「意味のない遺言書」その① 不動産の価値の調査不足
まずは相続することとなった不動産を調べました。
建築基準法では建物を建てる際、建築基準法上の道路に2m以上接していなければなりませんが、相続財産の不動産は、調べるとどうやら建築基準法上の道路に面していません。
建物はゆうに築50年を超しており、建て替えの時期が迫っているにも関わらず、再建築不可物件だったのです。
当時私は不動産の営業マンで、こうした法律にはある程度予備知識があったものの、自分が住んでいるわけでもないので、今まで気にしたことがありませんでした。
再建築不可の物件で築50年となりますと市場価値はあってないようなものです。
これが都市部なんであれば駐車場だの資材置き場だので活用の用途があったかもしれませんが、ここは田舎。
この再建築不可の事実だけで土地建物を含めて価値はせいぜい100万円とかその程度となりました。
当時私はすでに他に中古の家を買って住んでおりましたし、祖母はこの相続を機に叔母と別の家で暮らすことになりましたから、自分が住むわけにもいかない、将来自分の家を建てられもしない、家族が使うわけでもない、貸家とするのにも多額のリフォーム費用がいる、固定資産税だけがかかり続ける、そんな不動産は正直に言って「いらない」と感じました。
(※なお、このような古い物件でも戸建て賃貸の需要は多くあるため、時間とお金をかけてリフォームし、賃貸で貸し出す運用をすれば十分に収益性はありましたが、当時の私はその手間と時間とリスクはとりたくないと判断しました。)
さて、もはやこの時点で、家族を思って祖父が残した遺言は、相続人である私にとって意味のないものとなりました。
祖父がよかれと思って残した「不動産」は、私にとっては「負動産」であり、遺言の通りに相続したくなかったからです。
ただこれに留まらず問題はまだ出てきます。
「意味のない遺言書」その② 不動産登記の調査不足
幸い、私が「いらない」と思った不動産は、兄や親族の会社で「倉庫などとして使いたい」という申出がありましたので、兄に相続してもらうこととなりました。
私は遺言執行者ですので、兄への相続登記を済ますため、さらに調査を進めます。
登記所に行って不動産登記情報を取得しました。
すると、金銭消費貸借契約を機に抵当権設定仮登記と条件付賃借権設定仮登記がついていることがわかりました。
これは相続登記をする分には特に問題とはなりませんが、誰かに売ったり貸したりするときに多少問題となるもので、仮に金銭消費貸借契約の債務が未返済なのであれば、返済するか時効援用をしなければなりませんし、返済済なのであれば是非とも抹消したいものとなります。
仮登記はその仮登記を登記した人と所有者とで協力して手続きを行い抹消する必要があります。
いずれにしてもこれを抹消するためには登記した人に連絡を取る必要があります。
今回その登記した人というのは法人でありましたが、登記簿に記載されていた住所を当たりますと、すでにそこには法人の事務所がありませんでした。
それで祖母にこの事情を伺いますと、「昔に金を借りた際、仮登記を入れたんだと思う。借りた金は返そうとしたが、その法人は倒産したか何かで連絡が取れなくなった」とのこと。
はてさてどうしたものか、ということでこの問題に奔走するわけですが、これについては長くなるので、また別のコラムでお話ししたいと思います。
こうして不動産登記の問題が顕在化したわけですが、これはさておき相続登記について、それはそれで進めなければなりません。
問題はまだ出てきます。
「意味のない遺言書」その③ 相続人の調査不足
遺言書とは違う形で相続を進めることとなった為、遺言書は一旦白紙として、別途相続人間で相続登記に必要な遺産分割協議書を作成することになりました。
遺産分割協議書を作成するには、「相続人は誰か」ということを確定させなければなりません。
被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本と妻と子およびその代襲相続人の現在の謄本をすべて揃えて証拠を集めることとなります。
祖父は千葉県や福岡県や台湾に住んでいたこともあり、謄本も古くて読みにくい上、本籍があちこちに飛んでいて集めるのに苦労しました。
そんな謄本を集めているうち、祖父には前妻がいて子がいることがわかりました。
私が会ったことも聞いたこともない、家族の誰も詳細を知らない法定相続人が出現したのです。
遺言書の通りに財産を分割するのであれば、遺留分の問題を除いてたいしたことではないかもしれません。しかし、今回は遺産分割協議書が必要で、これには相続人全員の同意が必要となります。
つまり当初の相続人4人の同意では足りず、この新たに出現した法定相続人を探し出し(当然当時の戸籍の住所にはもう住んでいない)、事情を説明して、兄が不動産を相続するという遺産分割協議書にサインしてもらわなければならないということです。
こうして不動産登記の問題に加えて、この方に連絡を取る為に奔走することとなってしまいました。
これについても住所を特定するための手続きや、交渉のテクニックなどを別のコラムでお話ししたいと思います。
遺言書の本来の目的と失敗原因
さて、ここまでの話から、祖父の相続は様々な問題を抱えていたことがわかるかと思います。
(列挙したものは祖父の相続で抱えた問題の一部でしかありません。)
本来遺言書というのは、被相続人の思いを実現するのはもちろんのこと、残される家族間で紛争が起きないようにするため、また相続人に面倒事を残さないようにするために書くことが一般的です。
祖父が残した遺言書は「有効な遺言書」でしたが、私たち相続人にとって祖父の相続はトラブルだらけ。
「何の意味もない遺言書」となってしまいました。
この原因は不動産の調査不足で資産価値を見誤ったこと、債権者の音信不通により債務の返済が滞った時にすぐに行動をとらなかったこと、相続人をしっかり調査せずに、家族に説明してなかったことです。
実例から学んだ、遺言書を書くときに気を付けるべきこと
遺言書を書くことは、故人の思いが家族に伝わりますし大変良いことです。
「遺言書を書こう」とされる方は、残されるご家族のことをしっかり考えてらっしゃる人格者であることがよくわかります。
しかしながら、「自身の財産の調査」や、「相続人の範囲の確定」、「相続させる家族の意思」、「遺留分に配慮した分割」、といったさまざまなキーワードを考慮した上で、遺言書を書かなければ、せっかく書いたものが無駄になりうることにご留意ください。
対策として、遺言書を作成する前には、よくよく勉強した上で相続人調査を行うことや、相続税評価をした財産目録を作成しておくことをお勧めします。
これらの調査、作業には本当にさまざまな注意すべき論点がございまして、「難しい」と感じられる方には是非とも専門家への事前相談をお勧めいたします。
これから勉強していきたい方には、私のコラムにて、遺言、遺産分割に加え、各種節税スキーム、財産評価基本通達に基づく相続税の試算の仕方などを踏み込んでお話しいたしますので、ぜひご覧いただき、お役に立てていただければ幸いです。
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